喪に服すと言うこと

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お天気が優れませんね、こんばんは。

まだ梅雨ですもんね~

夜が寝苦しくて敵いません。

 

小林麻央さんの訃報に触れ、一般人がコメントすることなど

考えてもいませんでしたが、

いろいろと報道されていることについて考えるところもあり、

少しお話したい気分になりました。

個人的意見として書かせていただけたらと思います。

 

私よりもだいぶ若く、お子様もまだ小さい女性の闘病生活。

想像できないほどの苦しみと、ご家族のご苦労があったことでしょう。

かつての海老蔵さんと言うと、やんちゃなイメージしかなくて、

ご結婚されてからは落ち着いたと言うのか、丸くなったと言うのか、

すっかり良い夫、良い父親になられたのね、といった印象を持っていました。

 

ご自分のお仕事だけでも大変でしょうに、他にもたくさんの役目を抱え、

大丈夫なのかなと心配さえもしていました。

きっととても強い人なんですよね。

 

今回の麻央さんの訃報に誰もが悲しみ、落胆したことでしょう。

それでも気丈に会見をする姿に芯の強さを感じつつ、

言葉の端々に読み取れる妻への愛情に羨ましさも感じたりしました。

これまでの夫婦生活はとても信頼に厚い、非常に濃い日々を

過ごして来たんだろうと、想像出来ました。

そんな一番大切な、身近な、いつも側にいた方が旅立たれ、

忘れ形見のためにもしっかりしなければならないと思いながらも

悲しみが襲ってくる心境を、寄り添うことは出来なくても

静かに見守ってあげたいと、私はそう感じておりましたが、

たまたま今朝このブログを読んで驚きました。

 

 

の一服とお許しを /ABKAI 市川海老蔵オフィシャルブログ Powered by Ameba

 

人と言うのは、

本当に十人十色なのですね。

 

海老蔵さんのブログがたまに記事になっていると

そこから読みに行ったりもいたしますが、

そのブログの更新を批判する方が多いとか …。

ご自身も書いておられましたが、「こころの頼り」「支え」

になるのがブログだった、というだけかと思うのです。

弱音を吐けない、自分の気持ちを吐き出せない環境にいるからこそ、

それを少しでも言葉にすることで自分を納得させたり、

落ち着いたり、考えたりすることってあると思うのです。

いや、実際あるんです。

日々の生活に空いた穴を、日々の生活で埋めようとしているだけ。

これまで通りの生活をしているだけなのに。

それは喪に服すことにはならないのでしょうか。

 

死者への悲しみのために慎み深い暮らしをすることからすれば

違うのかもしれませんが、それでも、少なくとも私は

海老蔵さんの麻央さんへの想いを十分理解出来ますし、

今だから感じること、今だから伝えたいことを発信することは

非難されることではないんじゃないかと感じています。

 

残された家族にも生活がありますしね。

悲しい時に他の要因で困らせたり、苦しめるようなことが

ない世の中であってほしいと願ってやみません。

 

こんな私の個人的な意見に対しても

いや、そうじゃないよねと思ったり、そうだよねと思ったり

いろいろな意見があると思います。

全く同じ考えの人なんているわけないですものね …

それでも、悲しみに暮れている近親者の方々の心が

これ以上痛むことがありませんように。

 

 

ご冥福をお祈りいたします。

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